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【解説】JRトレインチャンネルの問題について(12/5~11)

2022. 12. 08
教育研究

【問1】会社Aの運営する会員制ECサイトは、会社Bの運営する競合サイトの出現により、利用者数が減少している。利用者数を増加させるためには、会員の利用データなどを利用してどのような分析を行い、どのような施策を打つことが考えられるかを述べよ。

■出題の意図
本問題は、本学部・研究科が研究・教育の対象とする領域のひとつである「ビジネス・イノベーション」に、ソーシャル・データサイエンスがどのように貢献できるかを考えていただくために出題いたしました。
伝統的なマーケティングの領域でも、消費者の行動を理解するために、社会学や心理学の理論を用いたり、意識調査の分析などを行ったりしてきました。そのため、社会科学の理論とデータサイエンスの技術を共に用いる、ソーシャル・データサイエンス的なアプローチがなされてきた問いではありますが、理論及び技術の進歩によって、これまでにはできなかったような分析や施策が可能となってきました。以下の解説を通じて、ソーシャル・データサイエンスの先進性と面白さを感じ取っていただければ幸いです。

■解説
以下の3つのステップで、分析・調査の実施や施策の検討を行うことが考えられます。

【ステップ1】まずは、会員の利用データに基づき、利用頻度や利用金額、年齢・性別等に応じて会員をセグメントに分類します。そして、セグメントの特徴を把握し、特にどのセグメントで顧客の離反や利用の減少が起きているのか、現状を把握します。
【ステップ2】ステップ1をふまえ、今後会員になる可能性がある消費者層に向けた消費者調査を行い、競合サービスと自社サービスの利用意向や認識の違いについて知見を得ます。
【ステップ3】ステップ1・2の分析結果をふまえて、セグメントや潜在顧客層ごとにメールマガジンやクーポンの配布、ポイントプログラムなどの対策を行います。その施策の決定にあたっては、メールマガジンやクーポンにはセグメントごとに適切なナッジを利用したり、ポイントプログラムの設置では、間歇強化などといった強化スケジュールを利用したりするなど、行動経済学や心理学などの知見を活用します。

【ステップ1の解説】
ステップ1では、データサイエンスに依拠したマーケティングにおける基礎的なデータ解析を行いました。これまでに蓄積されてきた「会員の利用データ」というビッグデータは、適切な枠組みで適切な手法を用いて分析することによってはじめて、ビジネス上の価値を生み出すことができます。
ここでは、マーケティング研究によって蓄積されてきた「セグメント」という考え方を使用しています。これにより顧客全体を均一とみなすのではなく、利用頻度や年齢・性別などの基準で似たような顧客層(セグメント)に分類することができ、特にどのセグメントで離反が起きているのか、という知見を得られることが期待されます。
また、このセグメントを把握するための方法としては、k-means法や潜在クラスモデルという分析方法を用いることが考えられます。これにより、事前に決められた基準でセグメントを定義するのではなく、データに基づいて客観的にセグメントを構成することができます。
【ステップ2の解説】
ステップ2では、消費者調査を行いました。消費者調査は、伝統的なマーケティング手法であり、ソーシャル・データサイエンスは貢献していないようにも思えます。
しかし、ステップ1で行ったビッグデータの分析結果をふまえることで、従来とは異なる観点・切り口での消費者調査を行うことが可能です。たとえば、ステップ1での解析には既存顧客のデータを利用しますが、市場には当然まだ自社・他社ともに顧客になっていない潜在的な顧客が存在します。このような消費者に関する知見(ECサイトにはどのようなことが求められているのか、なぜ今まではECサイトを利用していないのか、など)を得るためには、蓄積されたデータの解析だけではなく、インターネット等を用いた従来型の市場調査も有効です。
このように、ビッグデータが収集できるようになってきた現代であっても、それだけですべてを把握することは困難であり、必要に応じて従来型の調査データを利用し、組み合わせることもビジネス上は有用であると言えます。
【ステップ3の解説】
ステップ3では、ステップ1・2で行ったデータ分析の結果をふまえて、具体的な施策を検討・実施いたしました。データ分析の結果が示しているものは、あくまで「現状についての知見」であり、「将来についての答え」ではありません。分析結果をふまえて、将来の施策を検討して、そこから適切なものを選択するうえでは、これまでに社会科学が蓄積してきた理論を活用することが重要です。
そのような具体例のひとつとして、メールマガジンやクーポンにはセグメントごとに適切な行動経済学の知見を利用することを挙げました。行動経済学の知見であるナッジ施策とは、人間の行動科学的な知見を活用することで、行動変容を促すような施策です。例えば、セグメントごとにメッセージの出し方を変える(特定のセグメントでは、ECサイトを利用しないことによる損失を強調するなど)ことで、より効果の高いメールマガジンやクーポンの配布を行える可能性があります。
また、ポイントプログラムの設置では、間歇強化などといった強化スケジュールを利用することを挙げました。心理学の知見である間歇強化とは、約束された報酬ではなく、確率的に(ギャンブル性のある)報酬を支払うことで、行動を強化する(行動を習慣化させる)施策です。これをポイントプログラムの設置という施策に活用し、例えば30%の確率でポイントが2倍になる、といったような間歇強化型の施策を行うことでECサイトの利用が習慣化され、利用頻度がより増えるといった効果が期待されます。

このように、マーケティング領域の伝統的な課題に対して、社会科学の理論とデータサイエンスの技術を共に用いることで、ビジネス・イノベーションへの貢献が可能となることがわかっていただけたかと思います。
本学部・研究科では、社会科学とデータサイエンスの両方を体系的に修得し、それらの知識を演習科目等の機会を通じて融合することによって、現代社会における様々な課題を解決できる人材を養成する、「ソーシャル・データサイエンス」教育を推進します。

【参考文献】
このようなテーマに興味をお持ちの方のため、いくつか参考文献を紹介します。
現代マーケティング・リサーチ〔新版〕: 市場を読み解くデータ分析 | 照井 伸彦, 佐藤 忠彦 |本 | 通販 | Amazon
マーケティング・リサーチ入門 (有斐閣アルマSpecialized) | 星野 崇宏, 上田 雅夫 |本 | 通販 | Amazon
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